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東京高等裁判所 昭和37年(ネ)2475号 判決

控訴人(附帯被控訴人) 高田誠

被控訴人(附帯控訴人) 小林ハツ 外五名

主文

本件控訴及び附帯控訴は何れもこれを棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とし、附帯控訴費用は附帯控訴人らの負担とする。

事実

控訴人は原判決中控訴人敗訴の部分を取消す、被控訴人らの請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする旨の判決及び附帯控訴棄却の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決及び附帯控訴として原判決中附帯控訴人ら敗訴の部分を取消す、附帯被控訴人は附帯控訴人小林ハツに対し金九万二百九十一円及びこれに対する昭和三十三年十一月二十三日以降完済まで年五分の割合による金員を、同小林秋太郎に対し金五万五千百七十八円及びこれに対する昭和三十四年八月八日以降完済まで年五分の割合による金員を支払えとの判決並に仮執行の宣言を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否は次のとおり附加訂正するほか原判決の事実摘示を引用する。

(被控訴人の主張)

(一)  仮に本件自動車の運転者である浦島義博の使用者が控訴人でなく株式会社高田誠商店であつたとしても控訴人は右使用者に代つて事業を監督し浦島も使役しており、その監督使役中に本件事故が発生したものであるから民法第七一五条第二項により控訴人に損害賠償の義務がある。

(二)  本件事故発生に関し、亡小林源治が自動車の進路を遮つた事実も、自転車の前車輪が自動車に触れた事実もない。すなわち事故発生につき亡源治には過失はなかつたのであるから原審が源治の過失を認定し本件事故による損害賠償につき過失相殺したのは不当である。

(三)  亡源治のこうむつた損害額に関する主張を次のとおり訂正する。

小林源治の死亡当時の勤労収入は金二十九万五千六十九円(原判決七枚目表六行目参照)であるがこれから所得控除の十五万八千六百四十五円(原判決七枚目裏五行目参照)を差引き残金十三万六千四百二十四円に対する所得税は金一万七千九百円でありこれから配偶者ハツの不具者控除五千円を差引くと勤労所得に対する年間所得税は金一万二千九百円である。

そこで亡源治の年間勤労収入二十九万五千六十九円から右所得税一万二千九百円と生活費六万九千二百十六円(原判決八枚目裏八、九行目参照)を控除した残金二十一万二千九百五十三円の一一、九一年間(同末行、ないし九枚目表二行目参照)の収益金二百五十三万六千二百七十円につきホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して一時払額に換算した百五十八万九千六百三十九円が本件事故により源治の喪失した損害というべきである。これから自動車損害保険により賠償せられた三十万円を差引いた残金百二十八万九千六百三十九円が未だ補償せられない損害であり右損害賠償債権を被控訴人らはその相続分に従つて承継取得した。

(四)  前記の通り亡源治は本件事故発生につき何ら過失がなかつたのであるから右損害額を過失相殺により減額せられるいわれなく、また被控訴人秋太郎の出捐による葬儀費(原判決九枚目裏三行目参照)について、源治の過失による減額をなしたのも不当である。

(五)  また前記(三)の損害賠償債権を被控訴人ハツが相続し請求するにつきハツが源治の死亡によりて受ける遺族扶助料を損益相殺により損害額より控除したことは不当である。源治のこうむつた損害をハツが相続して取得した損害賠償債権と法令の規定によりハツの受ける遺族扶助料とはその債権の発生原因、法律上の性質を異にしハツの扶助料取得の利益と控訴人の不法行為との間には相当因果関係がないから控除は許されない。

(六)  原審は控訴人の経済状態と本件事故の態様、その他本件口頭弁論にあらわれた諸般の事情を勘案して被控訴人らの慰藉料請求を減額した。しかし控訴人の経済状態は慰藉料額の決定につき参酌すべき事項ではない(大審院昭和七年(オ)第二八三号事件、同八年七月七日判決参照)。被控訴人らの慰藉料請求を減額すべき事由はないのである。

(七)  以上の次第で被控訴人らは本訴において請求する金額以上の損害賠償債権を有しており原判決中被控訴人ハツ、同秋太郎の請求を棄却した部分は失当であるから附帯控訴をする。

(控訴人の主張)

被控訴人らの右(一)ないし(七)の各主張を争う。

(証拠関係)〈省略〉

理由

当裁判所は原判決の認容した限度で被控訴人らの本訴請求を認容すべく、その余はこれを棄却すべきものと判断するものであつてその理由は次に示すとおりである。

一、衝突事故発生の客観的事実について原判決理由一の記載をそのまま引用する。

二、右事故発生について浦島義博の自動車運転上の過失については原判決理由二の記載を引用するほか次のとおり附加する。

(一)  成立に争ない甲第一号証、同第六号証、同第十七号証、同第十八号証によると被害者小林源治が自転車で進行してきた農道が浦島義博の進行して来た本件道路と直角に交叉する地点から十五米・七の手前の本件道路上の左側に双葉木工所建物があつて、本件の如く右本道を北方から進行して来る場合には、右建物によつて農道の見透しを妨げていることが伺われるがその他には右木工所建物から前示交叉点までには建物はないから、本道の中央線から左方二尺位の間隔を保つて自動車を運転進行せしめて来た浦島(斯る体勢であつたことは原審における証人浦島義博の供述によつて明らかである)は原判決説示のように約二十米位手前から小林源治が自転車で前方向つて左側農道から本道を横切ろうとして出てくるところを認め得た筈である。しかるに四、五米手前で始めて右小林源治を認めたことは原判決の認定するとおりで浦島の不注意によるものといわなければならない。

(二)  成立に争ない甲第五号証、同第十号証、原審証人浦島義博の証言によると、浦島義博は時速約五十粁の速度で本件自動車を運転し、事故現場に差掛る直前に鴨下純が運転し時速三十粁で進行しつつある貨物自動車を追越し進行を続けたものであるが、当日は雨上りで道路は濡れておつたことが明かで、本件の如き交叉道路もある道路上を進行するのであるから速度も十分注意し、急停車をして危険を避け得る限度で進行すべきであつたのを漫然許される最高程度の速度を出していた点にも右浦島に過失の責らるべきものがあるといえる。

(三)  当審証人浦島義博の証言中以上の認定に反する部分はにわかに信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

三、控訴人に本件損害賠償責任の存する所以については原判決理由三に記載するとおりであるからこれを引用する。

四、損害額の算定

(一)  亡小林源治の得べかりし利益喪失による損害額については源治の死亡当時の年間勤労収入は原判決理由四の(一)の(1) に記すとおり合計二十九万五千六十九円なるところ、右勤労収入にたいする所得税額は被控訴人が当審で訂正主張したとおり一万二千九百円と認むべきであり、源治の生活費は原判決理由四の(一)の(3) に記すとおり年間六万九千二百十六円と認定すべきである。

ところで源治の余命期間は原判決理由に説示する如く一一、九一年であるから、前記勤労収入二十九万五千六十九円から税金一万二千九百円と生活費六万九千二百十六円を控除した残二十一万二千九百五十三円に右余命年数を掛けた総額二百五十三万六千二百七十円をホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して得る百五十八万九千六百三十九円が源治においてこうむつた損害として考えられる数額である。

(二)  源治の過失斟酌について。

当裁判所も本件事故発生については被害者小林源治に過失があつたものと判断するものであり、この点に関する原判決理由(判決書二四枚目裏九行目から二五枚目表四行目まで)を引用するほか次のとおり附加える。

小林源治が通つた農道が本道へ出る口から本件自動車が進行して来た方向へ(農道から見て右方、即ち北方へ)約十五米・七寄つた所に双葉木工所があつたことは前記認定の通りで、源治が右農道を進行する際源治の側からは右木工所の影となつて本道の北方は見透しが悪くなるのであるから源治は本道に出る際十分注意して自転車の速度をゆるめ本道の北側から自動車等の進行してくるものがないことを確めなければならない注意義務があるものである。しかるに源治が左右に注意せず漫然同じ速度で農道から本道へ出たことは成立に争ない甲第七号証、同第十六号証の記載に徴しこれを推認するに難くない。

(三)  そこで源治の取得した損害賠償債権については右源治の過失を斟酌すべきで、当裁判所も右損害賠償債権額を原判決どおり五十万円とするのが相当と判断する。

(四)  被控訴人ハツの有する財産的損害賠償債権

ハツが右源治の損害賠償債権を相続する額は相続分に該当する三分の一の十六万六千六百六十六円であるが右の中には源治が将来取得すべき恩給が算定せられておつて、その額は前記一年分の勤労所得二十九万五千六十九円中恩給所得十二万九千三百三十六円の比率により計算するとその中七万三千五十三円は恩給喪失による損害額といえる。ところがハツは恩給法第七五条第一号により源治の死亡によつて同人の支給されていた恩給額の二分の一の遺族扶助料を支給せられるから年額六万四千六百六十九円の割合の扶助料を取得でき、従つて本件事故により源治が死亡した昭和三十三年十一月二十一日から本件最終口頭弁論期日たる昭和三十七年十二月三日までに被控訴人ハツは遺族扶助料として七万三千五十三円以上の金員を受領しているものと推定できるので前記七万三千五十三円の恩給喪失による損害賠償債権は右ハツの扶助料受領額と差引きされて消滅するものと解するのが相当である。すなわち十六万六千六百六十六円から右金額を控除した残九万三千六百十三円が被控訴人ハツの請求し得べき財産的損害賠償債権となすべきである。

被控訴人は、本件事故により小林源治が取得する損害賠償請求権と、恩給法によつて被控訴人ハツの受ける遺族扶助料とは権利の発生原因、性質を異にし両者を同一視することはできないから、源治の本件損害賠償請求権を相続した被控訴人ハツの権利と右扶助料請求権とを損益相殺することは不当であると主張する。しかしながら前記小林源治の本件事故によりこうむつた財産上の損害中には源治がなお生存すべかりし期間中に受け得る恩給の利益を喪失したものとしてその額が計上せられている。しかして恩給は国の公務員であつたものがその退職後自己及びその扶養を要する家族の生活を保障するため支給せられるものであるが、遺族扶助料は、右恩給受給者の死亡によつてその扶養を受け得なくなつた遺族の生活を保障するため右恩給受給者に代り右遺族に支給されるところにその本来の性質と機能があるものといえる。して見ると小林源治の死亡により同人の失つた本件恩給受給の利益はその一部が被控訴人ハツに引継がれているものと考えることができるから源治の得べかりし恩給の利益が喪失せしめられたことによる損害から、ハツの取得した扶助料の利益は差引かれるべきものと解するのが公平の原則に合うというべく、この点に関する原判決の説示も相当としてここに引用する。よつて被控訴人の主張は採用の限りでない。

(五)  被控訴人秋太郎の財産的損害賠償債権

被控訴人秋太郎は小林源治の子として前記源治の有する損害賠償請求権五十万円につき、十五分の二の相続分に相当する金六万六千六百六十六円の権利を相続したものである

また原判決理由四の(二)に記すとおり源治の死亡により葬儀等の費用として金二十四万千百二円を支出し、同額の損害をこうむつたものであるが、源治の前記過失を斟酌し原審どおり控訴人の賠償すべき額を九万円とするのが相当である。

従つて被控訴人秋太郎の取得した財産上の損害賠償債権は右合計十五万六千六百六十六円というべきである。

(六)  被控訴人小林千賀子、同吉田きよ子、同小林玉枝、同対間富士子はいずれも小林源治の子として、その財産上の損害賠償債権五〇万円につき各自の相続分たる十五分の二の権利、すなわち各六万六千六百六十六円の権利を相続したものである。

(七)  各被控訴人の慰藉料は原判決理由四の(三)に記すごとく諸般の事情を斟酌し当裁判所も、被控訴人ハツに対しては十五万円、その余の被控訴人らに対しては各五万円の請求権あるものと認める。

被控訴人は右慰藉料の算定について控訴人の資産状態を斟酌してはならないと主張するが控訴人は、本件自動車を自己のため運行の用に供する者として自動車損害賠償保障法による直接の損害賠償責任あるもので、他人の損害賠償義務を相続した者または精神上の苦痛発生に関係なき者(被控訴人援用の判例は斯る場合のものである)とはいえないから控訴人の資産状態は本件慰藉料の数額を公平適切に定めるについて斟酌されて然るべきものというべく、被控訴人の右主張は採用できない。

五、結語

以上の次第で被控訴人ハツは前記四の(四)の財産的損害九万三千六百十三円と(七)の慰藉料十万円合計十九万三千六百十三円とこれに対する訴状送達の翌日たる昭和三十四年八月八日以降完済まで年五分の割合の遅延損害金を求める権利がある。また被控訴人秋太郎は前記四の(五)の財産的損害金十五万六千六百六十六円と(七)の慰藉料五万円、合計金二十万六千六百六十六円と内金十一万六千六百六十六円については損害発生の日の翌日たる昭和三十三年十一月二十二日以降、内金九万円(葬儀費用)については本件訴状送達の翌日から完済まで各年五分の割合による遅延損害金の支払を求める権利がある。しかしてその余の被控訴人らは各前記四の(六)の財産上の損害金六万六千六百六十六円と(七)の慰藉料金五万円、合計十一万三千五百六十三円とこれに対する本件訴状送達の翌日たる昭和三十四年八月八日以降完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める権利がある。よつて右範囲において被控訴人らの請求は理由があるが、その余は失当として棄却を免れない。

すなわち原判決は結局相当であつて、本件控訴および附帯控訴はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第九五条、第九三条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木忠一 谷口茂栄 加藤隆司)

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